2004年10月11日 月曜日
話せば分かるとか、説明があれば理解できるとか言うけれども、本当だろうか。だいたい、言葉で埋められる認識の違いなんていうのは、問題にならないと思うよね。
環境や文化の違いがあれば、相互に理解できないものがあるのは当然で、その距離を縮めるには自分の経験から相手の思考を類推するしかない。つまり、本質的には理解できない。だから、理解できないものがあっていいのだと思うのです。もちろん、努力はすべきだし、自分の土壌で理解できるものは理解した方がいいですよ。実際、現状の思考プロセスと思考回路が出来上がるまでの経験を1から100まで説明できるならば、どんな文化の差でも理解できると思います。でも、時間的に無理でしょう。だから、理解不能ならば、その文化を許容するというスタンスで物事に接するのが正しいんじゃないかと。
理解したつもりになることが、一番良くない。 ・・・って、何の話だw
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