2004年11月 1日 月曜日
よかれと思ってした行動が、悪い方向に働くのは珍しい事じゃない。
代表例は、地球の環境を破壊し、資源を浪費した20世紀の企業活動。一人一人は、会社の皆のためになろうと努力したかもしれない。でも、そういった活動が環境破壊を呼んだと言う。(最近、環境問題の取り組みを売りにしている企業が増えたのは、消費者意識が向上して、そういうスタンスを取らないと商品が売れないから。本当は、手間がかからず、低コストで利率のいい商品を売りたい。)
人間は協調性が大切だという。企業内の比較的身近な人間関係ではそうかも知れない。しかし、企業の基本活動は競合他社との競争。時には企業同士の協力関係もあるが、本質は自社だけが生き残ろうと言うエゴ。(日本は伝統的な談合社会だから、あまり当てはまらないかもしれませんが。)
つまり、自分の社会でプラスな行動でも、相手の社会ではマイナスに働く事は往々にしてあることだと。何が言いたいのかと言うと、視点や常識の違いで、結果の善悪の解釈なんて自在に変化する訳で、そういう次元では動機が善良か邪悪かという個人的心情は関係ないということ。主観的な善悪のものさしは意味が無い。
・・・という妄想 (笑)
話が大きくなっちゃったけど、個人対個人でもこういう事って、多々ありますよねぇ。。。
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