2004年11月17日 水曜日
どんなにテクノロジーが進化しても、裾野が広がったり、敷居が下がるだけで、本質を学ぶことが重要っていうのは変わらない。テクノロジーの進化で収益構造が変化して商売が立ち行かなくなる事もあるけど、それはまた別の話。
GarageBandなんかでループをペタペタと貼り合わせたコラージュ音楽は、創作したとは言えない。(MIDIを使って作り込んでいれば別だけど。) 音楽ごっこだ。そういう作品は、エンタルピーが増大するっていう感じ(?)で、再利用不能なエネルギーが増えていくだけに思えてしまう。単なる遊びならば趣味の幅が広がって「めでたし、めでたし」かもしれないけど、それでいいのかなぁ。音楽の楽しみを万人に? これで? 楽しければいいか。。。
何が言いたいのかと言うと、技術進歩で素人に解放されたのは、編集や再構築などのポスト・プロダクション(仕上の行程)の領域で、元になる素材はちゃんと学ばないと作れない。非オリジナル素材の使用率が高くなりすぎると、編集著作ではあるものの創作と言って良いものか。広義に解釈すれば、既存の資源を活かす方法っていうのは芸術・文化に限らず現代的な考えでその手のプロは必要だけど、それは素人の遊びとは違う次元の話です。やっぱり、根源の部分でモノを生み出す人間が偉いっていう感じがあるわけですよ。モノ作りの世界では職人文化への再帰みたいのも起こっている訳だし。
使えるものは使ってやった方が良い。でも効果を理解して使わなきゃならない。テクノロジーは魔法の翼じゃない。まぁ、遊びならそんなに固く考えることも無いね。
◆Free Music Culture 音楽を創り、共有する楽しみ
ーGarage Bandとクリエィティブコモンズ (HotWired Matrix Vol.31)
http://hotwired.goo.ne.jp/matrix/0410/
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